キングクリムゾン事件(パブリシティ権の判例5)
過去の下級審で判断された事例を、最高裁の判決が出た現時点で再度検討し直してみることは有意義であると思われる。
そこでまず、かなり判断の分かれる事例から紹介、検討してみる。「キングクリムゾン事件」である。
1 事案の概要
本件は、ラジオ局のエフエム東京(Y)が、世界的に有名なロックグループ「キングクリムゾン」及びそれに関係する音楽家の
肖像写真・レコード等のジャケットの写真多数を掲載した書籍(本件書籍)を発行したことについて、同グループのリーダーである
ロバート・フリップ(X)が、パブリシティ権の侵害を理由に、Yを相手に印刷・販売等の差止及び不法行為に基づく損害賠償請求を求めた
事案である。
2 本件の争点は以下のとおりである。
(ア)パブリシティ権の内容:パブリシティ権の対象は氏名・肖像に限られるか。
本件書籍が、Xらの氏名・肖像だけでなくレコードジャケット等の写真も掲載していることから、これについてもパブリシティ権の内容に
含まれるかが問題とされた。
(イ)パブリシティ権侵害の類型について:いかなる行為がパブリシティ権侵害として不法行為となるか
(商品化・広告化に限られるか。)
本件が書籍の出版行為であって、Xらの顧客吸引力の不当な使用となるかどうかの判断が問題となる。
3 裁判所の判断(要約)
(1)争点(ア)について
パブリシティ権の内容としては、必ずしも氏名、肖像に限定する必要はなく、著名人が獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる
経済的な価値で、顧客吸引力があると認められるものも含まれる。
著名人自らの氏名及び肖像が用いられているジャケット写真は、それ自体でパブリシティ権の内容に含まれると解されるし、そうではない
ジャケット写真についても、その演奏者や作品の著名性と相まって、当該音楽家を直接的に印象づけるものとして、その氏名ないし肖像と
同様の顧客吸引力を取得する場合がある。
著名な音楽家ないし作品のジャケット写真が、当該作品及び収録楽曲の題名、演奏者名などと共に商品化された場合は、当該音楽家の
氏名ないし肖像が商品に使用された場合と同様に、その有する顧客吸引力ないしパブリシティ価値の使用が問題となる場合があると
解されるので、ジャケット写真がパブリシティ権の内容に含まれるか否かは、個別的な事案に応じて判断する必要があるといわなければ
ならない。
(2)争点(イ)について
パブリシティ権の侵害行為は、広告への利用と商品への利用(商品化)という2つの類型に限られる理由はなく、本件書籍のように当該
著名人に関する各種情報を発表する出版物においてもパブリシティ権を侵害する場合がある。
出版物が、パブリシティ権を侵害するか否かの判断は、言論・出版の自由に対する慎重な配慮をしつつ、出版物の内容において当該
著名人のパブリシティ価値の重要な部分において当該著名人の顧客吸引力を利用しているといえるか否かという観点から個別具体的に
判断すべきである。
(3)本件へのあてはめ
本判決は、本件書籍の装丁、伝記部分の肖像写真の掲載、作品紹介に掲載されたジャケット写真、等について、それぞれ考察をくわえ、
本件書籍は全体として、「キング・クリムゾン」らに関係する音楽家の氏名、肖像及びこれらのものの音楽作品のジャケット写真の有する
顧客吸引力を重要な構成部分として成り立っている、という。
その上で、Yの本件書籍の出版行為は、Xのパブリシティ権を侵害するものとして民法上の不法行為を構成するとして、損害賠償請求
(40万円)及び本件書籍の販売差止めとその廃棄を認めた。
(4) コメント
本件は控訴された結果、東京高裁で逆転判決が出たようである(Xの請求棄却・H11.2.24)。
同判決は、判例集には未搭載であって、私は原典に当たっていない。そこで内藤篤弁護士の「パブリシティ権概説」354頁のコメントに
依拠せざるを得ないのだが、これによると、同判決では、いわゆる「専ら他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を
目的とする行為であるといえるか否かにより判断すべきもの」としたそうである。
さて、ピンクレディ事件の最高裁の判決の立場からは、本件はどうみるべきであろうか。
ピンクレディ事件では、パブリシティ権侵害が成立する場合として、
① 肖像それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合
② 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する場合
③ 肖像等を商品化等の広告として使用する場合
の三類型を提示した。この点、本件はそのどれにも該当しないといえる。
もっとも、最高裁はその三類型以外の侵害を認めないという趣旨ではなく、これらに準じた場合にはパブリシティ権の侵害を認める可能性が
ある。
その意味では本件はまさに限界事例として判断が分かれるものといえそうだが、私は最高裁は、先の高裁判決と同様に「専ら」論を
展開した上で、従前から侵害を認めることに異論のなかった上記3類型をあげて論じていることからすれば、パブリシティ権の侵害を
かなり限定的に解しているのではないかと考えている。
そうだとすると、本件はやはり高裁と同様の結論にならざるを得ないのではないだろうか。
いずれにしても、こういった出版物への肖像等の掲載については、最高裁でどのような判断が出るのかを見てみたい。
【事件名】
キングクリムゾン事件
【裁判所・判決日】
東京地裁H10.1.21(東京高裁H11.2.24)
【出 典】
判時1644-141
【結 果】
パブリシティ侵害を認める。
(差止請求、損害賠償請求一部認容)
【被侵害客体】
ロックグループ「キングクリムゾン」関係者
【侵害態様】
書籍への氏名・肖像、レコードジャケット等写真掲載、氏名(グループ名)のタイトルへの使用
【備考・その他】
1 氏名肖像以外の顧客吸引力あるレコードジャケット等にもパブリシティ権の内容となることを認めた。
2 パブリシティ権の侵害になるか否かは、出版物の内容において当該著名人のパブリシティ価値の重要な部分において当該著名人の
顧客吸引力を利用しているといえるか否かという観点から個別具体的に判断すべきである、とした。
3 東京高裁では逆転敗訴(Xの請求棄却)