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https://www.moj.go.jp/content/001371991.pdf
【解答例】
第1 設問1について
1 (1)の主張について
(1)甲に横領罪が成立するには、「自己の占有する他人の物」を「横領した」
といえなければならない。
この点、甲は本件バイクを保管しており、他人の物を占有しているといえる。
問題は、委託信任関係に基づく占有といえるかである。甲はAが盗んできた
バイクをAからの依頼で保管していることから、正当な権利者からの委託信
任関係はないからである。思うに、横領罪の保護法益は所有権その他の本
件であるが、これを保護するに当たっては、なんらかの委託信任関係に違背
したものを対象とすべきであると考えられる。このように考えることが、窃盗罪
等ほかの領得罪において一応の占有を保護する趣旨と同様に位置づける
ことができるからである。
(2)そうだとすれば、窃盗犯から盗品の保管を委託された場合であっても、そ
の物を「横領」した場合には横領罪が成立すると解すべきであり、(1)の主張
はこの見地から妥当である。
2 (2)の主張について
(1)甲の(2)記載の行為が「横領した」といえるかは、まず「横領」とは何かが
問題となる。
この点、横領罪も権利者を排除して目的物を自らのほしいままにするという
性格上、他の領得罪と同様に、不法領得の意思が必要である。ただ、横領
罪の場合は占有を侵害するものではないことから,その意思は「委託の趣旨
に反して、その物の効用に基づいて所有者でなければできないような処分をす
る意思」であると思料する。
(2)問題は、Aに無断で甲の実家の物置内に本件バイクを隠した行為に横領
罪における不法領得の意思が認められるかである。
思うに、甲は本件バイクについて単に隠匿しただけであって、Aの委託の趣旨
に必ずしも反したとは言いがたい。また本件バイクを利用・処分する意思もなく、
物の効用に従った利用をする意思も認められない。よって、甲には本件バイク
に対する不法領得の意思は認められず、横領罪は成立しないと解されるので
あって、(2)の主張は妥当でない。
第2 設問2について
1 乙がAを本件ナイフで刺した行為に傷害罪(204条)が成立するか。
(1)乙は、甲を助けようとしてAをナイフで刺したのであり、乙に正当防衛が成立
するかがまず問題となる。
2 正当防衛が成立するには「急迫不正の侵害」の存在が要件となるが、本問に
おいてAから甲に対する「急迫不正の侵害」があったといえるか。
(1)およそ甲はAとの盗難バイクを巡っての諍いから、Aとケンカ状態になること
を予想し、現実にもAからの殴打行為に対して甲も包丁を持ち出すなどの
ケンカ状態に陥っていたものである。この場合、Aの甲に向けての殴打行為が
甲にとって一方的に差し迫った侵害とはいえない。そうだとすれば、Aの行為
が甲に対する「急迫不正」の侵害とはいえないと解される。
(2)よって、甲に対するAの殴打行為から乙が甲を助けようとして、ナイフで
刺した行為は急迫不正の侵害に対するものとはいえず、正当防衛は成立
しない。
(3)もっとも、乙が行為に及んだのは、Aが甲を殴打しようとしているのを目撃
し、「Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込んで」おり、
甲のために防衛行為に及んだのであるから、急迫不正の侵害があったと誤
信している。一方、かかる行為はAが素手で殴ろうとしているのに対して、
警告もせずいきなりナイフをAの右上腕部に突き刺していることは、防衛行為
として過剰と言わざるを得ない。以上からすれば、乙の行為はいわゆる「誤想
過剰防衛」であるといえる。
(4)誤想過剰防衛については、乙には上記の思い込みにより、急迫不正の
侵害についての誤信がある以上、この点に故意を認めることはできないと解
される。しかし素手のAに対して警告もせずに危険なナイフで刺すという行為
に出ている点からは過剰性についての認識が否定できない。そして正当防衛
状況にあっても相当性を欠くときは過剰防衛として正当化されないことから
しても故意を阻却することはできないと解する。よって乙には傷害罪が成立する。
(5)なお、乙に36条2項の類推適用により、刑の減免の余地があるか。
思うに、36条2項で過剰防衛に刑の減免を認めたのは,急迫不正の侵害
に対しては往々にして過剰な行為に出てしまう場合があるということから行為
者の責任が減少すると考えられることによる。
しかし、誤想過剰防衛においては、そもそもが防衛行為が正当化される
余地はない。このことからすれば、類型的に責任を減少させるとは言いがたく、
同条の類推適用は認められないと解すべきである。
3 乙が本件原付をDに無断で発進させた行為に窃盗罪(235条)が成立しないか。
(1)まず、乙は本件原付を他人の物であることを認識しながらその承諾を得
ることなく、自己の占有下においたものである。所有者であるDはエンジンを
かけたまま一時的に止めていたのであるから、なおDの占有下にあるといえ,
乙はこれを侵害したといえる。
(2)また、乙は一時的であっても所有者Dの占有を排除して発進させたので
あり、しかも安全な場所へ移動したら放置しようとしたのであって、権利者を
排除して物の経済的用法に従った利用・処分をする意思はあったといえる。
よって乙の本件原付への占有侵害は窃盗罪の構成要件に該当する。
(3)もっとも、乙はAの追跡を振り切るために,本件原付を発信させたこと
が緊急避難(37条)に当たらないかが問題となる。
確かに、Aが乙を追いかけてくる状況に陥っていることからすれば、乙が
Dの原付を運転したのは、現在の危難を避けるためにやむを得ずにした
行為であるかに見える。しかし、Aが乙を追いかけてくる状況を作出した
のは、自らのAに対する傷害行為に基づくものであって、かかる傷害行
為が正当化されないものである以上、やむを得ない行為といえるかは極
めて厳格に検討すべきであると解される。これを前提にすると、乙はナイフ
を取り落としており互いに素手になっていること、刺されたにもかかわらず,
乙を痛めつけようとして追ってくるような気性のAから追いかけられたこと、
一方乙はAから蹴りつけられ、更に殴る蹴るの暴力を振るわれると思った
こと、乙がAの追跡を振り切るために唯一の手段とされる原付の発進を
行ったこと,等に鑑みると「やむを得ない」かどうかを厳格に判断したと
しても、乙が現在の危難を避けるためにやむを得ずにしたとみて良いと
考えられる。更に、身体の危険性とDの財産権とを比較しても、後者
が前者に比して侵害が大きいとまではいえない。
以上より、乙には緊急避難が成立し、この点について窃盗罪は
成立しないと解する。
(4)なお、乙の当該行為に正当防衛は成立しない。Aの追跡行為が乙
の傷害に起因する以上、急迫不正の侵害とは言いがたいし、無関係
のDの権利の侵害が正対不正に対する防衛行為を容認する正当防衛
とはいえないからである。
以上