令和3年度 司法試験刑事系(刑法)解答例
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https://www.moj.go.jp/content/001350706.pdf
令和3年度 司法試験刑事系1(刑法)
【解答例】
第1 設問1について
1 甲の罪責
甲は乙とB店へ押し入って腕時計を強奪することを共謀していたが、
実際にはB店を看守する丙と意思を通じて「強盗」を演じたのであって、
「暴行・脅迫を手段としての財物の奪取」はなされておらず、単に時計
を窃取したに過ぎない。よって、甲にはB天からの時計の奪取は窃盗
罪を構成するのであって,強盗罪は成立しない。
2 丙の罪責
(1)丙は甲と共謀して強盗を装って,自己が勤務するB店から甲が
時計を窃取することに加功している。よって丙は窃盗罪の共犯となる
が、共同正犯か、狭義の共犯(教唆・幇助)かが問題となる。
丙は,甲から話を聞いてB店の状況(開店前なら客は来ないと
言うような)についての情報提供をしていること、甲から協力を求めら
れたのは警備体制に関する情報であったところ、これにとどまらず積極
的に甲が「強盗」を演じる手助けを自ら提案し,実際にもそれをして
いること、甲の奪取が成功した暁には、分け前を要求していることから
すれば、甲の窃盗を単に手助けしたにとどまらず、甲との間で窃盗に
ついて自己の犯罪を実現させようとしたものといえる。よって丙には窃
盗罪の共同正犯が成立する。
(2)なお、丙は、B店の副支店長であり、帳簿作成や売上金管理等
の業務をしていたことから、横領罪の成立が問題となるが、丙にはB
店において商品の仕入や店外への持ち出し等の権限はないことからす
れば、B店の商品に対する占有者とはいえない。よって、甲と共同した
時計の奪取行為には横領罪は成立せず、専ら窃盗罪が成立する。
3 乙の罪責について
(1)乙は甲と強盗罪を共謀したものであるが、実際には甲は「強盗」を
丙と演じているに過ぎず、乙は窃盗罪に加功した認識はない。
しかし、乙は甲との共謀の結果、甲とのあいだで役割分担として見
張り役をしており、その機会において甲が強盗ではなく窃盗を行ったもの
であり、客観的に乙が甲の行為に加功した(本件窃盗行為における
意思の連絡の射程内である)ことは否定できない。
(2)そして、乙は強盗罪に加功する意思であった点についても、構成要件
の重なり合う限度で故意は認められるのであって、甲との間で窃盗罪
の共犯としての罪責を負う。
(3)では、乙は窃盗罪の共同正犯となるのか幇助に過ぎないのか。
乙の役割は見張り行為であることから、実行行為の分担をしていない
のではないかが問題となる。
思うに、共同正犯は本来単独で行うべき犯罪を他の行為者と意思
を通じ合って実行することで、心理的及び物理的に相互に補完・援助し
合う点に処罰の根拠が認められる。よって、行為時の役割のみで判断
すべきではなく共謀により自己の犯罪を他人を介して実現しようとする
ものであるか否かで判断すべきである。
そうだとすれば、単に実行時に見張り役であったとしても、他の行為者
の行為を自己の行為と同視しうる立場でこれを容易にすべきものであっ
た場合は共同正犯となり得ると解する。
本件の乙については当初から甲と共謀をしており、その中で乙が見張り
役・甲の逃亡の援助役を分担をしたものであって、また甲の奪ってきた
時計をその行為の分け前としてもらうこととなっていた点も踏まえると、実行
者である甲の手助けをしているにとどまらず,甲の行為を自己の行為
として役割を分担しているものである。よって、乙についても甲の窃盗に
ついて、その共同正犯としての責めを負う。
4 丁の罪責
(1)丁は丙から,B店から奪ってきた時計在中のバッグを預かったもの
であるが、預かった時点ではバッグの中身も事情も知らない以上、
盗品等保管罪は成立しない。
(2)その後、不審に思ってバッグの中身を見た際に、丙がB店から無断
で持ち出した商品であると認識した上でなおこれを保管し続けた点は
丁に盗品保管罪が成立するか。
思うに、盗品等の罪の保護法益は、本来の権利者が窃盗その他
の財産犯に対して当該物に対して追求する権利であり、同罪はこれ
を侵害するものであると解される。そうだとすれば、保管の当初盗品で
あることを知らなかったとしても、情を通じて以降もなお保管を継続した
とすれば、その時点からかかる追求権を侵害したことになる。
よって,丁には盗品等保管罪が成立する。
(3)なお、丁が預かったのは丙が窃盗により取得してきた時計類である
ところ、丁は乙が勝手に持ち出したと認識しているが、盗品であること
の認識に齟齬はない以上、この点が丁の故意を阻却することにはならない。
第2 設問2について
1 設問2(1)について
(1)乙の頭部裂傷の傷害は、甲丙の暴行の共同正犯によるといえるか。
この点、当初の暴行(丙が乙を羽交い締めにし、甲が木刀で乙の
頭部を殴った点)は甲と丙の共同にてなされたものであるが、途中で
乙の言動に立腹した丙が更なる暴行に及んだ(ここまでを以下、第1
暴行という)ところ、甲が暴行を終了させようとしたにもかかわらず、な
おも丙は甲を殴って転倒・気絶させ、その後も乙に暴行を加えたもの
(以下「第2暴行」という)である。
(2)そうすると、甲に乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負わ
ないとする立場は、第2暴行について甲が共同正犯としての責任を負
わないとしなければならない。
そのための説明としては以下の2点が考えられる。
ア 共謀の射程の問題
まず、第2暴行は、甲は丙から殴打され、気絶しており、その後の丙の
暴行は丙単独で行われていることから、当該暴行は甲と丙の共謀の射程
外であると説明が考えられる。
すなわち、当該行為が共同正犯の範囲内にあるといえるには共謀の内
容等に照らして射程内にあるといえなければならないが、当初の行為から
共同行為者の一人が他の者の予想外の行為に及んだときは共謀の射
程外であるといえる。本件においても、甲は、当初の共謀では甲は自ら
が殴打すべく、丙には乙を押さえてもらうよう頼んでいたところ、第2暴行
については丙が乙を殴打するに及んでおり、この点は甲の予想外と言わ
ざるを得ず、共同正犯としての責任を負わない、と説明することになる。
イ 共犯関係の解消
また、共同行為者間において途中でその一部が行為から離脱したと
認められるような場合には,離脱以降の行為について因果的に寄与
していないことから責任を負わないとされる。この点本件では第2暴行
には甲は関与しておらず、その理由が丙から暴行を受けたことで、自身が
以降の暴行に関与できなくなったことや、以降の暴行は専ら丙の判断
でなされていることからすれば,因果的に行為に寄与したとはいえず、
第2暴行の時点では共犯関係が解消していると説明することが考えられる。
(3)もっとも、上記アイが認められた場合でも甲に同時傷害の特例(207条)
が適用され、共犯として扱われる結果、本件傷害結果について責任を負う
ことになり得る。
しかし、同条は、疑わしきは被告人の利益にという刑事責任の大原則
に反するものであり、適用範囲は限定的にとらえる必要がある。そこで、
傷害結果に責任を負うものがいない場合についてのみ207条が適用
されると考える。
本件では、丙が乙に対する一連の暴行にすべて関与しており、本件
傷害結果について責任を負うことになる。
よって、甲に207条の適用はなく、甲は乙の傷害結果に関する
刑事責任は負わない。
2 設問2(2)について
(1)甲に乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負うとする立場は、
前述1(2)の説明を否定することにより説明することになる。
ア 共謀の射程について
この点、当該行為が共同正犯の範囲内にあるといえるには共謀の射程は、
時間的場所的接着性、共謀の内容と具体的な経過の齟齬の程度、等
を考慮すべきであるところ、甲丙は,乙に傷害を与える旨の共謀をして
いること、被害者の態度が予見可能なものであること、丙の暴行は甲との
共謀に基づいてなされた暴行に密着してなされていること、からすれば、
共謀の射程外とはいえないと説明することになる。そうすると本問において
なされた第1,第2の暴行全てが共同正犯としてなされたものとして
いずれの暴行によるかにかかわらず、甲には乙に対する傷害に対して共同
正犯としての責めを負うことになる。
イ 共犯関係からの解消について
共犯関係からの離脱の要件としては、共犯関係からの離脱が了承される
ことによって、共犯関係における因果の流れを断ち切ったといえる必要がある。
この点、本件では丙が甲の離脱を了承したという事情もない。
もっとも、第2暴行は丙が甲の制止を振り切ってなされており、かつその暴
行時に甲は気絶をしている状態を認識しつつなされていることから、第1
暴行と時間的場所的に接着しており、第2暴行は甲と丙の共謀が発端
となっていることからすれば、甲は第2暴行との因果の流れを断ち切ったと
までいえないと考える。よって甲に共犯関係からの離脱ないし解消は認め
られないと説明することにより、甲には乙の頭部裂傷についても傷害罪の
共同正犯として責任を負うこととなる。
(2)仮に、甲に第2暴行について共謀関係の射程外であるか、共犯関係
からの離脱ないし解消が認められたとしても、207条の適用があるとさ
れるのであれば、甲は乙の頭部裂傷についても責任を負うこととなる。
ア この点、傷害結果について責任を負う者がいる場合に207条が適用
されないとすると、傷害結果について責任を負う者がいない場合と比べて
不均衡な結果となるとして、207条は、➀2人以上の者が、意思の
連絡なくして同一人に故意に基づいて暴行を加えた事実が存在し、
②暴行が同一機会に行われ、③傷害となる暴行が特定できなかった場合
に認められる,とする見解が考えられる。
イ この見解からすれば、本件では、甲と丙が乙に対する暴行を共謀しては
いるものの、第1暴行は乙が到着するや否や丙が乙を羽交い絞めにして
甲が殴っており、第2暴行も甲が気絶している間に行われたものであるから、
互いの意思の連絡なく乙に暴行を加えている(➀)。また、第1暴行と第2
暴行は同一の場所で、時間も近接した中で行われているので同一の
機会に行われたといえる(②)。そして、乙の傷害結果が第1暴行による
ものか、第2暴行によるものかいずれの暴行から形成されたのか不明で
あるから、傷害となる暴行が特定できなかった場合といえる(③)。
ウ 以上より、かかる見解からは207条が適用され、甲は乙の傷害結果
について刑事責任を負うとの反論が考えられる。
以 上